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「私は頑張っている!」という妻の主張に困っている夫達へ

3行まとめ

  • 「私は頑張っている!」と主張する人は一定数存在する。ついつい「自分の方が頑張っている!」と言い返したくなるが、「頑張ってる」「頑張っていない」は本人の主観の話であり、本来は人と比較するようなものではない。
  • 「私は頑張っている!」という主張に対しては、自分の頑張りと比較するのではなく、自分が気付いていない頑張りの可能性を謙虚に受け止め、その頑張りを理解し、ただ認めてあげればいいのではないか。
  • 難しいのは相手の頑張りを認めると実害が発生するケース。こういう「頑張っている」の基準が異なるために発生するすれ違いを「価値観の不一致」と呼ぶのかもしれない…。

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「頑張っている!」は主観の話

本日は「私は頑張っている!」と主張する人についてです。

 

こういう人はどこにでもいるもので、私の仕事場やお客様にも一定人数います。正直に書くと、こういう人を見る度に「キャパの小さい人だなぁ」とか、「承認欲求の強い人だなぁ」とか、比較的ネガティブな感情を持っていました。

 

しかし、結婚して奥様としっかり向き合うようになって、ネガティブとは限らないことを知りました。

 

結婚して数年。基本的に仲は良いですが、個人と個人である以上、定期的に揉めます。ものすごーく揉めます。そんなときに奥様からよく言われるのが「私は頑張っている!」という言葉です。

 

結婚した当初は「こっちの方が頑張ってるのに、何を言っているんだ…。」と思っていました。ついつい声に出しちゃったこともあり、「どっちが頑張っているか?」という不毛なアピール合戦も幾度となく経験しています。

 

で、最近ようやく気付いたこと。それは彼女は本当に頑張っているということです。私なら大して気にしないことにも気を回し、全力で取り組む。私から見えている以上に努力し、気を遣い、精神を擦り減らしている。確かに彼女は頑張っている

 

もちろん、「こっちの方が頑張っている!」という場合もあります。でも、例えそうであっても彼女が頑張っている事実は変わりません。それはそうですよね。「頑張ってる」「頑張っていない」は本人の主観の話であり、本来は人と比較するようなものではないのですから。

 

「頑張っている!」と言われたら認めてあげればいい

しかし、そうなると何故「頑張っているアピール」がケンカや言い争いに繋がるのか?

 

自分を客観視してみると面白いことが分かりました。無意識のうちに「私は頑張っている!」を「私はあなたよりも頑張っている!」に置き換えていたのです。

もちろんそういう意図で発言している場合もあります。でも多くの場合はそんな他意は無く、ただただ「私は頑張っている!」と言っているだけなのです。

「頑張っている」と言っている人に対して、勝手にムキになって言い返す…どっちが「キャパが小さい人」だか分からないな…と気付いた瞬間でした。

 

「私は頑張っている!」という主張に対しては、自分の頑張りと比較するのではなく、自分が気付いていない頑張りの可能性を謙虚に受け止め、その頑張りを理解し、ただ認めてあげればいいのです。

 

もしかすると、ものすごーく当たり前のことなのかもしれませんが、人と深く関わることを避けてきた私にとっては凄く大きな気付きでした。 

 

あーなるほど。これが「価値観の不一致」か。

「言い返すのではなく、謙虚に受け止めて、認める。」ささいなことかもしれませんが、これで我が家の平和度は30くらいアップしました。めでたし、めでたし…。

 

 

とは、ならないのが難しいところ。

 

実際問題、頑張りを認めるだけで良いのであればいいのですが、そうじゃない場合も結構ありますよね。例えば「お金」です。 

 

例えば、妻は倹約家で月の食費を3万円に抑えようとしているのに、夫は週に2回はいいお店で外食をしたがる。夫に節約をお願いすると「俺だって頑張っているのに!」と言い返されるようなケース。

 

まぁ、間違いなく夫婦ケンカになりますよね(笑)

 

普通に文章を読むと、妻と比較して夫の頑張りが足りないように見えますが、もしかすると夫は相当頑張っているのかもしれません。

もしかすると独身時代は毎食いいお店で食事をして、食費がゆうに20万円を超えていたのに結婚後は家計を意識して、週に1-2回に抑えようとしているのかもしれません。これは大変な頑張りです。

 

しかし、いくら頑張っているからといって無条件に認めると「お金」という実害が発生してしまいます。他にも「時間」や「人間関係」「自分の精神力」やら、相手の頑張りを認めてあげると引き換えに自分の「何か」を失ってしまうケースは多々あります。そういう時にどこまで相手の頑張りを純粋に認めるかは難しいですよね…。

理想論で言うと「相手の頑張り自体は認めつつ、損失が発生する部分は素直に話して相談する」とかなんでしょうけどね…、うーん、難しいなぁ。。。(いまだに解決策ナシ)

 

そして、こういう「自分も相手も頑張っているのに、「頑張っている」基準が異なるために起きてしまうすれ違い」を「価値観の不一致」と呼ぶんだなぁと、今更ながら気付いた瞬間でした。

 

本日は以上です。

 

2018/11/27(火) 総アクセス数:3133